忘れないように日本語の練習

英語圏へ軽いジャブ程度に語学留学するはずだったのです。気が付いたら海外で暮らして10年以上も経っていました・・。

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日本人の知能が低下してる?

先日発表されたOECDの15歳対象の国際学力テストの科学活用力の結果です。生徒間競争がなく、日本より授業時間が少ないマッタリ教育のフィンランドが2003年に続き1位です。日本は前回2003年の2位から今回6位に落ちました。とうわけで、今回も僕の言いたいことをブチまけるだけの利己的爽快企画です。

日本のメディアは若者の学力低下を長年実施されている“ゆとり教育”のせいにして、政府の失策として叩いています。しかし、テストの結果から、フィンランドの教育レベルが日本より優れているのと“授業の時間数を増やせば学力が上がる”という質より量の方針は意味がないのはイクラちゃんにでも理解できます。

OECDテストって何?
OECDのPISAテストはOECD加盟国の15歳の生徒を対象に、読解力、数学的活用力、科学的活用力、問題解決を調査するものです。詳しくはOECDサイトを参照してください。(http://www.pisa.oecd.org/pages/0,3417,en_32252351_32236102_1_1_1_1_1,00.html)
さらっと科学活用力テストの例題を見たのですが、平均的な日本人には到底まともに答えれないであろうという問題でした。それはある事実や出来事に対して、科学知識を用いて論理的に説明するという方式だからです。

この類のテストには僕はイタイイタイ経験があります。まず、英語能力試験のIELTSです。ライティングの試験ではお題に対して、議論し意見を書くのです。僕は大学まで日本で教育を受けましたが、議論方法を習う機会がありませんでした。そのおかげで、意見を順序だてて書くという行為に地獄を見ました。その後のニュージーランドでの大学院でもこれで痛い目に遭いました。

日本教育の問題点
問題は日本が伝統的に実施している暗記力教育なのです。質問AにはBと答えるという点と点を結ぶだけの2次元的な頭脳運用能力こそが原因なのです。日本では暗記力=知能という偏見的な定義の基で幼小中高大で教育を受けます。対照的に英語圏では知識を用いた運用力を知能と定義して3次元的教育を受けます。簡単に言うと、日本教育“ドラえもん→のび太”と受動的に習うのに対し、英語圏教育は“なぜドラえもん→のび太なのか?魔法使いサリーちゃんではどうか?1000万パワーのバッファローマンの位置づけは?”となります。つまり、知識を用いて熟考し、意見を述べることを学びます。

残念なことに日本ではこの教育方法はまず定着しないでしょう。なぜなら、これは屁理屈、言い訳で片付けられる可能性が高いからです。年功序列の文化上、これは他人又は年上に対して敬意が足りない行為として扱われるでしょう。例えば、上手に理屈をこねる生徒に対して先生は“おまえの根性は曲がっている、気合が足りない。”と日本独特の精神論で一方的にねじ伏せるでしょう。また、“のび太のくせに生意気だ!!”という名言はまさに日本封建社会の象徴といえます。のび太がどんなに正当性や権利を主張してもジャイアンには理解できません。この文化的拘束力を取り除かない限り、教育レベル向上は望めないででしょう。現在の2次元的教育体制では明らかに世界の競争力に対抗できません。テスト参加国が毎回増えていく中、これからも、日本はOECDテストで確実に順位を落としていくでしょう。

さて結論です。 
一体何が言いたかったかというと、“高校生学力低下=ゆとり教育のせい”というメディアの短絡的な結論づけは、日本人全体的な知識応用能力不足を表しています。このテスト結果を表面上でしか判断できないメディア記者の方々は、日本文化にドップリと漬かりすぎて、彼ら自体が学力低下の一因であるという考えに到達できません。

この記事を今読んでいて、“わかったような事書きやがって、若造のくせに生意気だ!!”と感じている方は上記の通りジャイアン化しています。その態度を改めない限り、日本の教育に未来はないでしょう。

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コメント

そういう面も確かにありますが・・・・

はじめて書かせていただきます。NZで、いろいろと苦労もし、海外で、自分の信念をもって生活していること敬意を表します。わたしも、英語圏としょうするところで、研究や教育などにも従事した経験があります。ただし、AU、NZについてはもちろんありません。
たしかに、日本の教育は、問題は多いですね。ただし、諸外国と比較しても、それほど悪いシステムとは思いません。
アメリカでもイギリスでも、小さいときから名門校にはいって
エリート教育をうける、貴兄のおっしゃる3次元的教育の権化みたいな人と日本人のある専門領域の研究者のレベルはほとんどかわらないと思います。とくに、理工系など
は、日本人の研究者の能力は、非常に評価されていて、
わたしもアメリカでは、「日本人は、非常に優秀である」
という賞賛を数多く聞いています。ようは、英語のかべがあるので、なんとなく低くとられてしまうこともあるでしょうが、
実態は、違うのではないでしょうか。すべてその人の素質だと思います。英語の壁のないアジア人、たとえば、フィリピン人の研究者などは、母国での就職口が、ないので、面とむかって欧米の批判はしませんけど、心そこでは、かなり
バカにしています。アメリカ人の研究者は、「身振り手振りの
ジェスチャー」てなことをいいますね。彼らは、それに比べて
日本人の能力には、一目をおいているし、英語は、うまく使える反面、自分たちは、いったいどういう存在なのか
いつも気にしているようです。
これは、日本語の思考方法と、英語の思考方法が、ちがうからだとおもいますし。
だから、人による場所によるともいえるのではないでしょうか。日本人は、創造性にかけるともいわれますけど、
これもいくつも反証があります。
日本の一般教育でいいところは、小学校で、先生と一緒に給食をたべる、そうじをみんなでやる、こういうのは、結構大切です。アメリカ東部にあるエリート校とかしょうするところでは、教室のそうじなどは、黒人の年配のひとの仕事で、こどもは、やらない。こういうのは、いびつだと思います。
これが、悪い方向にはたらくと3次元思考ができても、
それをたてに戦争をやったり、貴兄が、経験した人種差別を
目にみえない形で、巧妙におこなうなどの知能犯になる。
ひとつ驚いたのは、どこかで書いていたと思いますが、
NZの大学が、アジア人をやとわないと言う点です。どのような国もにたようなことはありますが、ほかの欧米とくらべて
閉鎖的ですよね。考えるにNZの白人は、かなり追い詰められているのでしょうね。
わたしも白人と日本人のあいだには大きな溝があると
考えていますが(例外はたくさんあるが)、これは、かつての
戦争のことも大きな要因です。自分たちが上であったと
思ったのに、いまふうにいうとぼこぼこにやられてしまい、
みとめたいが、みとめたくないそういう気持ちを非常に
かんじています。それだけ、日本人は、潜在的には、
尊敬されているのです。この辺は、フランス人などは、腹をわると認めます。いいところがあります。ただしアングロサクソン
は、ね。わたしはあまりすきではありません。
ご健闘ください。

  • 2009/06/29(月) 21:15:20 |
  • URL |
  • きんたろう #mQop/nM.
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  • 2009/07/13(月) 05:48:24 |
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