忘れないように日本語の練習

英語圏へ軽いジャブ程度に語学留学するはずだったのです。気が付いたら海外で暮らして10年以上も経っていました・・。

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日本の教育と学歴ブランドの謎

海外で長年暮らすと住んだ国と日本を比べることにより、日本の長所短所が見えてきます。 教育に関してニュージーランド、オーストラリアと日本を比較すると、どうしても異常な学歴ブランド志向の日本に疑問を感じます。そこで今回は日本の入試や受験がいかに人生において無駄な行為かを綴る反日本社会的企画です。

暗記能力のみによる学力テストと入試試験であなたの人間価値を偏差値で計測し、中学、高校、大学、就職を全てコントロールします。一流ブランド大学に入れなければ、短大からのコンパのお誘いもなく、女の子からも相手にされず、惨めな大学生活を送るのは保障つきです。卒業後は一流ブランド会社に就職する資格がなく、人生の敗者として一生過ごすことになります。全ては小学校から始まる暗記力=学力=偏差値=人間的価値が日本における人生を左右します。
このような社会に疑問を感じたことはありませんか?日本社会で不愉快に感じるあなたは、人間として正常です。そうです、現代の日本の社会構成は完全にイカれています。

先日、電話で親と会話をしていると、甥が慶応幼稚園を受験すると聞きました。すかさず、僕は“それは時間と費用の無駄です。”と返答しました。たぶん、うちの親は“こいつキチガイ。“と思っただけでしょう。では、僕のコメントはただのイカレポンチかどうかを科学的に検証してみましょう。

科学的検証1
日本の学歴ブランド志向がいかに排他的行為かを示すのによい例があります。
それは、日本とフィンランドの比較です。フィンランドは常にOECDの国際学力テストでトップです。ラッキーなことに僕の研究室内外にはフィンランド人が3人います。確かに彼らの知能は一味違います。彼らに話を聞くとフィンランドでは学力テストや入試試験などの日本にあるような教育観念がありません。ただ、社会に出たときに役に立つ実用的な知識や語学をミッチリと習得するようです。
例えば、高校の交換留学で誰もが自由に海外の高校に行けるような制度があり、海外で就学や就職できるレベルの語学力を学校で教わるのです。
日本で海外に出て直ぐ勉強や働けるほどの語学力を習得できる高校や大学があるでしょうか?この点からしても日本の受験用詰め込み式教育制度が遥かに劣っているのがわかります。

科学的検証2
僕が最近の教育関連ニュースで一番狂っていると感じるのは、劣悪な教育システムで教育を受けている小学生の学力を計る全国テストです。学力を日本の教育制度下の小学生達で比較しても根本的な教育システムの発展にはつながりません。劣っている集団内で優劣を決めても、集団のレベルを底上げすることは不可能です。

どっかの自治体が“競争を招くからテスト結果を公表しない。”などの的外れな議論が繰り広げられてます。僕はこのテストに関して危機感を感じるのは、誰もこのテストの存在自体に意味があるのかを疑問視しない事です。無能な大人達の政治と言い訳に巻き込まれて被害を受けているのは、何も知らずにテストを受けている小学生達なのです。ここで問題なのは、低レベルな教育を受けた大人が低レベルな教育を子供に押し付けるので、低レベルな教育レベルから抜け出すことが出来ません。
以上から、日本は教育の悪化が日常化し、社会に悪循環が定着し、それが当たり前になっている末期ガン状態だと診断します。

結論
商品化し空洞化した日本の学歴は、日本の外に一歩出ると全く役に立ちません。一流ブランド幼稚園、小学校、中学校、高校、大学に入学する事が成功の鍵だという信念は、裏を返すと、中身が空っぽなのでそれを隠す為に外見だけを良く見せたいという屈折した欲望の表れです。勉強は自己能力を高める為にするものです。学歴や学位をブランドの服のように身につける行為に本来の教育的な意義はありません。

ダイヤモンドに価値があるのは希少だからです。つまり、他人にはない自分だけの能力を身に着ける事が本当の人間的価値を生みます。さて、ここで恒例のむごい質問です。苦手をなくし平均的な知識を教わる日本の教育制度で他人と同じ平均的な大人になった時、あなたに本当の人間的価値が備わってますか? 

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