忘れないように日本語の練習

英語圏へ軽いジャブ程度に語学留学するはずだったのです。気が付いたら海外で暮らして10年以上も経っていました・・。

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捕鯨と地球人としてのマナー

またもやクジラネタで攻めてみようと思います。英語のニュースや日本のブログなどを最近見ていて、ちょっとだけグツグツきているので、ぶち切れてスーパーサイヤ人になる前に、ここでちょっとだけ小出しに出しておくという便秘気味企画です。

グリーンピースの人質問題があって一次休止していた日本船は最近捕鯨を南極海で再開しました。日本は法的な正当性を盾にして捕鯨を続けていますが、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドはなんとか捕鯨を禁止しようと躍起になっています。グリーンピースの妨害行為は、外交で捕鯨を禁止できない西側のフラストレーションの表れでしょう。

さらっと日本語ブログ(http://www.blog-headline.jp/themes/0006/000058/)を見ると、保守的な捕鯨賛成の意見が多数です。具体的にどうやって大多数の反捕鯨の国々をまるく治めるかを考えている方はいないようです。ていうか、現実的な地球規模の解決策を語っているブログはみあたりません。自国の主張と他国の批判をするだけなら金と権力のみを追及する無能な政治家と外交官にでもできます。なかには日本の捕鯨の正当性を難しく捻った日本語でダラダラと記しているブログもあります。残念ながら、言葉はコミュニケーションの為に存在します。いくら難しい言葉で表現しても、読む人に情報が伝達できなければ意味がありません。

ここでハッキリと言っておきたいのは、捕鯨が良いか悪いかというレベルの論議はなんの問題解決に結びつきません。というのは、多様な文化が存在する地球において、日本の食文化を守ることがいかに大切かを、日本文化の視点から議論するのは、全く意味がありません。なぜって、日本文化を知らない異文化の方々には日本食文化の重要性が見えません。

ここで世界と日本のクジラ関係を簡単に例えてみましょうか
10人の人間がエレベーターに長時間閉じ込められたとしましょう。そのうち一人がどうしてもタバコを吸いたくなります。残りの9人は密室でのタバコの吸引に反対します。でも反対を無視して一人はタバコを吸います。一服している彼はそのうち9人から非難されリンチをうけるでしょう。もしこれが逆に、9人が喫煙して一人が非喫煙なら、この9人はボコボコにされません。それはなぜかというと多数決で物事が進むからです。ここでのエレベーター内の密室は地球です。

何が言いたいかというと、地球という限られた環境に多様な人間が共同生活してます。多数の欧米諸国が捕鯨に反対している状態で、日本が自国の意向を通そうとしているのは、まさに多数を無視して一人だけ密室でタバコを吸い続けることなのです。これは多数決ルールに違反しています。

結論
日本は民主主義国家です。多数決ルールで国会が動き、政府が運営されています。国内ではマジョリティーの世論を聞き入れるが、国外では捕鯨に関してメイジャーな意見を無視するという“俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの”態度が現在の日本捕鯨批判状況を生み出しています。“俺の文化が一番スキ”という稚拙な意見は地球規模に考えると成立しません。日本も地球人として惑星の環境を共有している以上、世界の大部分を占める反捕鯨の意見を受け入れるべきです。これが捕鯨禁止だとしても、それを受け入れることが地球のエコシステムに属す生物の一員としての最低限のマナーです。時代は21世紀です。日本国民はそろそろ狭い井戸から抜け出して、広い大海を知る時期に来ているでしょう。

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